干場にたなびく淡い、桃色ならぬ梅色の手ぬぐいの数々。すぐ傍で女性5人が互いに今日の出来を讃える声が春風に乗って流れる。 市町村に1つはあった村づくり塾。この地では梅の先覚者・内中源蔵にあやかり源蔵塾と名付けられた。そのメンバーだった五人。約12年前、塾の活動でイベントに出る際、法被代わりに着る作務衣を梅で染めたらどうかと、趣味でしていた永井さんを中心に、みんなで梅染めを始めたのがきっかけだった。
梅染めは草木染めとは違い、染料づくりに手間が掛る。通常草木染めは草を摘み、煮出すが、梅染めは染料となる梅の木を切り、皮を削るとこから始まり、かなりの重労働。しかもハンカチや手ぬぐいなど軽い物を染める時は良いが、染液がまとった作務衣をムラなく仕上げるため、ひっくり返す作業は女の細腕では厳しいもの。「染め物は60歳まで」そんな言葉があるそうだが、永井さんはもうすぐ64歳。今もなお染めに寄り添うのに理由がある。 灰汁、みょうばんなど何を媒染液に入れるかによりベージュ、黄色、グレー、紫、そしてピンクとでき上がりは異なる。しかも染液の素となる梅の木は、同じ木であっても使う枝、天気や湿度によって微妙に色合いは違い、絹、木綿、毛、麻、紙など何を染めるかによっても異なる。だからこそ、今日染めた色にまた出会うことが難しい。だが時折、狙い通りの色が出ることも。そこが神秘的で奥深く、さらなる創作意欲が掻き立てられる。実は染め上がりにきれいな色が出る材料を使いたいが、環境を考えると使う気にはなれない。それゆえに二度と出会わないかもしれない、そんな邂逅を楽しんでいるそうだ。